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F1ビジネス戦記 ホンダ「最強」時代の真実/野口義修 [Books]

F1ビジネス戦記 ホンダ「最強」時代の真実 (集英社新書)

F1ビジネス戦記 ホンダ「最強」時代の真実 (集英社新書)

  • 作者: 野口義修
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/06/26
  • メディア: Kindle版
 ワタクシ、facebookでF1同好会のグループに加入していますが、そのなかのスレッドで紹介されていた本に興味を持ったのでKindleで購入みました。本の名前は「F1ビジネス戦記 ホンダ「最強」時代の真実」で、著者は1983-1992年までの第2期ホンダF1活動でコミュニケーションマネージャーを務められた、元ホンダの野口義修さんです。この頃のホンダF1活動は表に出ていることを知っている方は多いと思いますが、その内幕はいままであまり語られていなかったように思ったので、一読してみることにしたのでした。

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 早速ですが、読後の感想を一言でいうと、「当時のホンダはやっぱりすごかった」に尽きますね(笑)。まず83年にスピリットというF2のチームにホンダがF1エンジンを供給してスピリット・ホンダとして1983年にデビューしますが、お膳立てはホンダの手によるものだそうです。また1987年にウィリアムズ・ホンダでNピケが3度目のワールドチャンピオンを獲得しますが、ウィリアムズとホンダとの関係は終了します。

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 実はホンダはウィリアムズに対してジョイントNo.1体制、すなわちNo.1ドライバー2名体制の構築を求めていたが受け入れられず、これを求めてマクラーレンへエンジンの供給先を変更することになったのだそうです。ということは当時のウィリアムズのNo.1ドライバーって、NピケとNマンセルのうち、どっちだったんだろう(汗)。そこで収まらないのはウィリアムズですが、翌年からジャッドエンジンを使うことになりますが、このエンジン、元をたどるとホンダ設計のエンジンなのでした(笑)。

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 さらにこの頃になると、ホンダがチーム間をまたがるドライバーの人事権を持つようになり、Aセナをロータスからマクラーレンへ移籍させたのはなんとホンダだったのだそうです(汗)。ちなみにAセナのチームメイトのAプロストは1989年を最後にマクラーレンからフェラーリに移籍しますが、プロストの解雇が決まったのはシーズン前半の結構早い段階だったらしいです。

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 またホンダは1990年と1991年に3.5L NA V12エンジンを投入しますが、これはオヤジさん(故本田宗一郎)の意向だとか、マクラーレンへV12を供給するのと並行にティレルにV10エンジンを1991年のみ供給していますが、これは中嶋悟の引退への花道の為だったのだそうです。普通に考えたら形式の違うエンジン2種類を扱うなんて大変ですよね。

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 最後に第2期ホンダF1活動は、1983-1992年の10年間で終了していますが、これは現場の疲弊が原因だったそうです。いわゆる「燃え尽き症候群」てやつなんでしょうか。勝って当たり前のプレッシャーに耐えるのは容易なことではなかったのでしょう。というわけで、結構知っている事実を外側からではなく、内側から知ることが出来たので、ワタクシの見方もちょっと変わって面白かったですよ(笑)。




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